FKKチャレンジに挑戦する
Wellcumから出て、フィラハにいる。
時刻は午前9時45分。
ウィーンまでの列車は午前11時15分とまだ時間がある。
ぼくはこの時間を使ってFKKチャレンジに挑戦することにした。
次の戦いに向けて、既に準備は始まっているのだ。
ペースメーカーであるミスター・グーグルと共にスタートを切る。
FKKチャレンジとは?
FKKチャレンジとは男達がエロを求めて、車がメインの道をひたすらFKK目指して走る孤独な戦いだ。
目的のない人生の中で、唯一無我夢中になって目的に向かって走るチャレンジだ。
これまで、日本人のFKKのレジェンド達がガイドなしで、いくつもの未開拓ルールを開拓してきた。
彼らはタクシーに金を払いたくなかった訳ではなく、ただそこにFKKがあったから、徒歩もしくは走ってそこを目指したのだ。
そんな、ぼくも彼らに憧れて、FKKチャレンジを目指すようになった。
ぼくがこのスタート地点に立てているのは自分一人で成し得たことではなく、FKKのレジェンド達のたえまない努力の賜物だ。
今回のWellcumもレジェンドのブログを見て、歩いて行けることを確信した。
ブログには良い子は絶対マネしちゃダメとの記載があったので、たんぽぽ児童合唱団のみんなはあくまで応援だけにさせて、FKKチャレンジには参加させなかった。
彼らの中から次世代のFKKチャレンジャーが台頭することを期待したい。
今回はおそらく、未開拓であろうフィラハのFKK Andiamoを開拓し、日本人初の偉業を成し遂げたい。
当然のごとく、FKKは午前中に営業してないので、着いたらそのまま引き返す。
おかしいかって? それって山に登るのも一緒じゃね?
FKK Andiamoにアタッキングをかける
早速、川に沿って走り始める。
道中で次の本番で戦うライバル達がウォーミングアップを開始している。
地元のライバルは若者よりも引退間近の老人やおっさんが多いが、彼らの目は死んでいない。
一生、若い女の尻を追っかけたいのだ。
写真のランニングしている老人も右にいる中年のババァの尻を追っかけることなく、ガン無視して走り去って行った。
FKK Andiamo までの道を引き返す
今回は本番の下準備も兼ねて、リラックスして走ったが、途中でミスター・グーグルが指す現在地が目的地から遠ざかっていることがわかり、パニックに陥る。
その場で自分のミスをミスター・グーグルのせいにして、来た道を戻る。
ぼくはウィーンに戻って駐在員或いはセックスモンスターにリベンジする使命があり、午前11時にはフィラハの駅に戻らないといけない。
次第に天候が悪くなり、コートが雨の水滴を含むようになってきた。
でもここで諦める訳にはいかない。
Wellcumと同じようにコートを脱ぎ、Tシャツ一枚になる。途中で自転車の2人組に「タク、タク、タク」と声を掛けられる。
応援されているのか、諦めてタクシーを使えと地元のライバル達の挑発を受けているのか、よくわからない。
以外にあっさりと諦める
雨足が強くなり、駅から遠くなると電車の時間に間に合うか、不安になってくる。
もう髪は雨でずぶ濡れだ。
車で通り過ぎるオーストリアのドライバーはこの日本人のことをどう思っているのだろう。
次第にFKKチャレンジャーではなく、アルピニストに見られていることを切に願う。
そして、FKK手前の800メートル近くのマクドナルドの所であっさり断念する。
まずはウィーンで結果を出さないと、ぼくにとっての箱根路であるこの道でのFKKチャレンジデビューにはほど遠い。
諦めて、引き返すことにした。
ルーザーとしての自分を振り返る
道を引き返すと、ルーザーである自分を自覚することになり、悔しさが募る。
これで生まれる前によく卵子にたどり着けたのか、全く持って不思議だ。
しばらく、雨に濡れて歩いていると、次第に落ち着きを取り戻せた。
少なくとも、死ぬ間際にクズであることを自覚するよりは良かったんだ。
これで楽に生きられる。
大学の就活時にはまだリーマンショック砲の余波が残り、大学時に文学を専攻したぼくはタライから振り落とされてしまった。
氷河期世代はかわいそうな世代であると同情の眼差しを持って見られるが、ぼくらの世代は前後が良かったので、ゆとり世代としてまとめられてしまっている。
不運な世代だ。
ただ嘆いていても、安倍政権が何とかしてくれる訳ではないし、自分で何とかするしかない。
そう思い、FANG株や、アリスタネットワーク、セールスフォース、スクウェア等のクラウド株、ビットコインに投資して、幾ばくかの資金を得た。
しかし、今のアメリカの金利状況ではハイテク株はリスキーだし、稼いだ金もこのペースで行けば、3〜4年で尽きるだろう。
こんな人生の心の支えになったのは文学だ。
ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』で詩のグループである腹わたリアリズムが出てきて、最初はバカにしたが、読んでいく内にこのグループの一員になりたいと思った。
また、ボラーニョが『チリ夜想曲』を『糞の嵐』というタイトルにしようと考えていたエピソードに爆笑してしまった。
そして、今回のグラウザー。
太った教師の悪口を公の場に発表して上流階級をドロップアウトしたどうしようもない奴なのに、彼が傷ついていると自分のように辛くなる。
彼らはクソな奴らのために小説を書いている、それこそが彼らが最高である理由だ。
いや、少なくとも蔑んだりはしないはずだ。
グラウザーに関しては軍人がボードレールの詩を読むのは決してスノッブなことではないと本の中で言っている。
そんなことを考えていると、何故だか嗚咽が止まらなくなった。
オーストリアの天気予報が曇りがちで行く前は憂鬱だったけれど、オーストリアの今日の天気が雨で本当に良かった。
完