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白馬岳 大雪渓を登る「紫のバンダナキャップを被った女の肖像」①

夏の暑さにうんざりしてしまったので、冷たい風に当たりたいと思って、街の図書館へ向かい登山雑誌のページをパラパラとめくって行きたい山を探していた。ふと目に飛び込んできたのはどこまで続く雪の道。日本三大雪渓の一つに数えられる白馬大雪渓だ。見てるだけで汗が止まるような銀世界に引き込まれた。夏に登ればデカイかき氷の上を歩くような冷たさと夏の暑さを同時に感じられるんじゃないか。「最高じゃん」そう思って僕は直感で夏山の目的場所を白馬岳へと決めた。不安要素としては慣れないアイゼンを装着できるかどうか。幸いにも登山口の小屋でアイゼンを借りられることを知った。「旅の不安要素は楽観主義という袋に全部包んでしまって現地で開ければいい。問題があれば、小屋の人や登山者に聞こう」そういう精神で乗り切ろうと思った。

先に簡単に登った感想について触れると、大雪渓は眼の前の銀世界に魅了され足取りも軽くなった気分がし、歩くペースも速くなっていく。でも雪の道は通常の登山道と違い、足の踏ん張りが効かない。歩くペースはどんどん落ちていく。まずは目の前の一歩一歩に集中しよう。そして歩き疲れたら小休憩し、遠くの杓子岳を眺めよう。また歩き進めようという気力が湧いてくる。前置きはこれくらいにして誰も興味はないと思うけど僕の白馬岳までの道のりについて書いて行きたいと思う。

登ったルート

猿倉小屋:標高1,211m→大雪渓のカンバン(0:43)⇒大雪渓の中腹(2:15)⇒避難小屋)(3:30)⇒2,253m地点(3:50)⇒頂上宿舎:標高2,730m(4:10)⇒白馬山荘(4:25)

大雪渓へようこそ

登山の前日はコート・ヤード・バイ・マリオットへ宿泊。ここから車で30分もあれば猿倉駐車場に到着。駐車場はフリー。駐車場から少し歩き、登山口となる猿倉小屋に入る。ここでアイゼンを1200円でレンタルした。(返却すると300円が返って来ます) 鬼門の一つであるアイゼンの装着。上手く装着できなくておどおどしているとスチャダラパーのANIみたいな風貌の小屋のスタッフのお兄さんがアイゼン装着の方法を教えてくれた。最初に踵のところにまずは紐の部分をかけるようで全く持って要領を得ていなかった。

朝9時に本格的に登山スタート。カニエ・ウェストのアルバム「ye」のジャケットみたいな風景を目の前にして大雪渓を目指す。

登り始めに「テント・小屋完全予約制」の看板が見える。僕も最初はテント泊を考えていたが、予約が埋まっていてテント泊を諦めた。ここは当日指名やフリー客はお呼びではないのだ。まずは電話合戦に勝ち、何回か通って山小屋のオーナーから姫予約を勝ち取りたい。

途中でスマホに「近くにYamapユーザーがいます」という表示が出る。この表示に油断していると不意を突かれて「近くのYamapユーザーが勝負をしかけてきた」という表示が出るかもしれない。そうなったら僕が持っている唯一の凶器は軽アイゼン。果たしてアイゼンでYamapユーザーに致命傷を与えることができるのか?カニエ・ウェストのアルバム「ye」の一曲目「I thought about killing you」が僕の思考を殺人へと導いていく。不思議と周りの登山者も男はチャック・ノリス。女はイルマ・ヴェップに見えてくる。

白馬大雪渓に挑む

いつものごとく下らないことを考えていたら「ようこそ大雪渓」の表札が見える。

白馬岳は花の二区がすでに山登り区間。いきなり箱根の山を登るみたいな感覚だ。ここを制するものが白馬を制す。そんな意気込みを持って慣れないアイゼンを装着し、大雪渓へ挑む。登った瞬間から横と下から全身が冷風に包まれる。真夏に車の中に入ってクーラーを全開にした時の爽快感に近い。「あーっっっ!!」気持ち良くて最高。天気はほぼ快晴。下から見上げる山の風景が自然と身体を上に持ち上げるようで足取りは軽い。調子に乗って団体客を横から次々と抜かしていく。生粋のドリブラーの腕がなる。でも重力には逆らえない。雪道はアイゼンを着けても足の踏ん張りが利かず、しだいにふくらはぎに負担が増す。「お前らが辛い時は相手も辛いんや」かつての恩師ユルゲン・クロップのゲキが山間に飛ぶような気がする。大雪渓の最終地点で18人抜きを達成。登り切るときにはヘトヘト。休憩後も足が思うように上がらなかった。周りを見回すと他の登山客も同じような状況。ある家族の団体客についてはお母さんがギブアップ状態でレスキュー隊が彼女を降ろす段取りをしていた。ここに足を運ぶ前に最低でも低山に登り、足を慣れさせる必要があると思う。

頂上宿舎への道のり

2回目の雪渓を横切り、さら上に登って行くと避難小屋に到着。振り返るとこの避難小屋の存在は大きかった。なぜならここには水場があり大雪渓が近くにあるので、冷え冷え冷えの水が飲める。水をガブ飲みし生きを吹き返す。山に登ってカラカラの喉を冷たい水で潤すほど最高なことはないと思う。生きてるって感じがする。ここから頂上宿舎まで30分ほどだけどこの道のりが非常に長く感じる。足がフラフラになりながらも左右の身体のバランスを取りながら身体を上へ引き上げていく。ようやく標高2,730メートルの頂上宿舎へ到着。かなり達成感があります。ここまで来ると上から景色を見下ろす形になります。

カレーとビール、そしてプティング

頂上宿舎には食堂とテントの受付場がある。テント泊は場所代が1,000円かかります。先に述べたようにテント場が予約満杯だったので、宿泊はさらに上の白馬山荘に泊まる。ここでは昼食をいただきました。昼食のメニューはカレーとビール、そしてデザートに自家製のプティング。カレーはよくある日本のカレーだけど山に苦労して登ったあとのカレーは涙が出るくらい美味い。そして口元に残ったカレーのスパイシーな余韻をビールを喉に流し込んで拭い去る。ビールの後味でサッパリし、山の冷たい風にあたりアルコールで身体がほのかに熱くなっていることがわかる。平静さを取り戻すため、山間の景色を眺める。気持ちの良い風に当たる。冷静さを取り崩すため、またビールを口にする。カレーとビールがなくなるまでこの工程を繰り返した。最後にほのかに甘いプティングで口を直し、頂上宿舎を後にする。

白馬山荘へ

白馬山荘に着いてから受付をすませる。夕食のみで10,700円。布団と枕が提供されるが枕カバー・シュラフを持って来ないと布団・枕に着けるビニールシートの購入が必要。料金は1,000円。僕はシュラフとカバーを事前に持って来た。夕食までは部屋でゴロゴロしたり、今回の課題読書プラトンの「饗宴」を読んだ。エロスについてポジティブかつ高次元な説教が並ぶ。胸がワクワクする。「エロスが総じてあらゆる芸術的創作において優れたる創造者であることの証左とするに足りると思う。」僕が無意識に思っていたことが言語化されていて嬉しくなった。エロスがない創造者なんて絶対に存在しないんだ。そうしてるうちに夕食になった。

紫のバンダナキャップを被った女の肖像

夕食の時間は3回に分けられており、17時45分から18時30分のグループに振り分けられた。僕は18時くらいに食堂へ向かった。多分一番遅れだったと思う。入り口で迎えてくれたのは紫のバンドキャップを被った素敵な女の子だった。自己主張控えめな田中みな実って感じ。何故山小屋で働こうと思ったのだろうか?ここで生まれて育って来たのだろうか?単純に山が好きなのだろうか?彼女と山との関係について知りたくなった。僕は山よりも君が好きだ。こうして僕と彼女と山との三角関係が成立する。彼女をずっと見つめていると味気ない山の食事が味わい深いものになる。あんなに紫のバンダナキャップが似合う女の子を街で見かけたことがない。いや、そもそも街で紫のバンダナキャップを被った女の子を見たことがない。こうして食事時間が終わるまで彼女が片付けする姿を眺めていた。ここで夏までバイトして彼女と一緒に白馬岳を下山できたらどんなに幸せだろうか?僕が白馬に乗ったプリンスであることに彼女にも早く気付いて欲しい。

杓子岳を眺める

食後は山を眺めながらコーヒーを飲んでいた。雲が少しずつ動いていき山のカールが露わになっていく。夕焼けに照らされた山並みが少しずつ明るくなっていく。そんなゆったりとした変化を目にしていると全く飽きが来ない。絵画のように美しい杓子岳。この山を絵にするなら誰に描いて欲しいだろう?ゴッホ?セザンヌ?それともアメリカのアンドリュー・ワイエス?藤田嗣治なら雪の白を乳白色の絵具で杓子岳の雪の部分を上手く描くだろう。僕ならこの風景をスイスの画家ホドラーに描いてもらいたいと思う。いつかホドラーが描いたスイスのアルプスの山々にも登りたい。

こうしてぼんやりと眺めていると山の先端の少し雪が残っている部分がクリトリスに見えてしまった。誰かが僕の頭の中でフロイトの精神分析をやったおかげで無意識のうちにクリトリスを想像してしまった。これは僕のせいではないです。

こうして何もしないうちに白馬岳で夜を迎え、眠りの途についた。

《続く》